映画「杜人」を見た

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矢野智徳さんは、窒息寸前の大地に息を吹き込み堰き止められた循環を取り戻すために全国を飛び回る造園家/環境再生医。

「虫たちは、葉っぱを食べて空気の通りをよくしてくれている」

「草は、根こそぎ刈るから反発していっそう暴れる」

「大地も人間と同じように呼吸している。」

本当にそうだなぁ………。

私は、からだの巡り、循環をよくするために自力整体をしている。私たちのからだも自然物のひとつ。だから、私たちには、土や木や草や流れる水が必要なんですよね。一緒に生きているんですよね。自然と共に生かせてもらってるんですよね。みんなが、循環することでお互いに生きていけるんですよね。

草は、風が折るところから折ると、根は地中で細い根を張り巡らし土壌が柔らかくなる。しかし、根元から折ると細い根がでない。土壌がかたくなる。呼吸ができなくなりますよね。

あー、からだと一緒だね。細い根が、毛細血管のように思える。そして、土壌は、筋肉かな。そんな思いを張り巡らせながら、見ていた。

草は、そこに生える意味があってはえる。木もそこにある意味があって、ある。みんな、意味がある。

コンクリートやUジコウは、人間が勝手に大地に作ったもの。人間の勝手な思い込みで大地の治療に使っているけど、自然の思いは違うんですよね。

でもね、そのコンクリートもUジコウも、少し手を加えて巡らせてあげると自然は息を吹き返すんですね。ただ、否定するのではなくこんなふうに考えられることが、とても素敵に思えた。

コンクリートで固められた大地に水が溜まり流れなくなると、大地は苦しくなって大きな深呼吸をする。そして、土砂崩れがおこる。大地も生きているんですよね。

結。

そう、人にも、動物にも、植物にもそれぞれに結がある。それを、その領域を出来るだけ崩さないようにしなければいけないですよね。

私たち、人間は自然をなくすと生きられない。

私は、田舎暮らしだけど、時々近くの里山に行く。空がきれいで空気が、おいしい。流れる川の水、小鳥のさえずりをきくと、スーッと心地よくなる。

私たち人間が生きるためには、巡りが、循環がなければ生きられない。淀みができると不調がおこる。そして、何もしなければ、淀みがどんどん大きくなり病気になる。できるだけ、淀みが小さいうちにそれに気が付いて、手入れをして、生かせてもらってる命を大切に使いたい。

大地と共に生きる意味を、矢野さんの汗水流して働く姿、伝える姿を通して強く感じた。

ありがとうございます。

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