私の自己満足に同調してくれる人を探すのかもしれません

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「ノスタルジーの塊」、本日最終日を迎えました。

これら6体が、菅さんが最初に手掛けた創作人形。

見るだけで「あぁ、好きなんだなぁ」というのが伝わってきます。

他にも作家のノスタルジーが込められた人々。

そして、動物のお面を被っていた3体も、

こんな感じで仮面を外しました。

杉良っす。

そして、『誰でも無いが、誰にでもなれる』と題して作られたのが、このシリーズ。

「とことん個人にこだわって作るスタイルとは反対に、

誰にでも当てはまるものは作れないだろうか と思い制作した」という。

今回の展覧会は菅さんにお世話になると同時に、

色々と考えさせられもした機会でもあった。

どういう訳か自分の昔や、今に至る過去を振り返ったりと・・

おっと、ノスタルジーの手中にまんまとハマっているではないか。

S氏こと菅さんの作品は、例えば不足があったとしても上手い仕上がりなのだ。

数多くの経験を落とし込み、そこから得た技は、人形でもしかり。

長所である その器用さは、

ある意味 短所であるのかもしれない。

 

表面の上手さや技術を感じさせない、

それらを超えた 心震えるノスタルジーが伝わった時、

S氏の人形は新たな展開があるに違いない。

ふと、そんな事を思う。

 

そのうち、また新作を見たいですね。

 

人形のモチーフになった人物が、身近な誰かとの記憶に繋がっていたり

直接、自分の事を思い出したり、、

「人間は過去の記憶、ノスタルジーを感じるほっこりとした思い出に

支えられて生きている」

私はそう思っています。

この個展はある意味、私の自己満足に同調してくれる人を

探すのかもしれません」

菅 聡一郎

S氏とI氏。

次回の企画展は叙情的な水彩を描くI氏が登場します。

 

 

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